敬老の日の月曜日
能登半島の時國家(下時國家)へ行ってきました。
時國家の初代は、1185年の壇ノ浦の合戦に敗れた
平家の生存者最高重臣、平大納言時忠だそうです。
建物には、釘隠しなどいたるところに平家の家紋が施された設えがありました。
二代目からは農耕を営み、時国村を成したとされています。
建物は木造平屋建て、茅葺き入母屋造りです。
入口に入ると、太いケヤキの漆塗り大黒柱(450ミリ角)が入場者を迎えているようでした。
柱に支えられる梁もまた、太く力強い雰囲気を漂わせていました。
時國家についてはこちらから>>時國家HP
最近の住宅は柱というものの存在が薄れているように思います。
単に住宅の壁が大壁造りになったからなのか。
和室を設ける世帯が少なくなったからなのか。
住宅の生産がプレカットに移行したからなのかはわかりませんが。
(梁などの丸太材はプレカットのラインに乗らない。)
一般家庭でも”大黒柱”という言葉をあまり聞かなくなったように思います。
(家庭における男性の力が弱くなったから^^;?)
大黒柱には構造上の性質以上に
住まいの中の小さな拠り所としての意味として
人間の精神性にも深くかかわっているのではないかと思うのです。
前回のブログでも紹介した瑞龍寺にも太い柱が室の中ほどにありました。
建築の中の柱というものをもう一度見直してみようと思いました。
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